「時鏡」 61 花のゆくえ

朝時と沙夜は、京でひっそりとでも幸せに暮らしていました。
朝時が鎌倉から追放されたことで、もう朝時は政治に利用されることはなくなる。

やがて、泰時と茜に男子が産まれればすべてはうまく行くと。
京で暮らした日々は朝時にとってもっとも幸せな日々になります。

鎌倉でも朝時は幸せでしたが、いつも自分が兄を脅かす存在だと思い知らされていました。
ここでは、ただ愛する人と一緒にいることができる。
実朝のことは気がかりでしたが、朝時はその幸せをかみしめていました。

後年朝時は、この幸せな日々が、不幸を招く遠因となったかもしれないと思うのですが、それはずっと先のことです。

鎌倉にいる実朝・時房にはあえて連絡はとりませんでしたが、朝時の様子は鎌倉にも伝わっていきます。
御台所は、京からの手紙で朝時噂を知り、実朝に伝えました。

後鳥羽院が、北条家の息子が出奔して京に隠棲していると聞き、(武勇に優れた朝時)北面の武士にならぬかと召した。
朝時はもったいないお話ではあるが、自分がお仕えするのは実朝只一人、勘気をうけたみではあるが、院にお仕えすることはできませんと応え、院はそれを聞き、実朝は良い家臣を持ったと、自分が作った菊作りの太刀を与え、笛の名手に朝時に秘曲をさずけるようにと命じた・・・

御台所が、朝時殿が鎌倉に戻られたら、秘曲を奏じることでしょうと実朝に言いますが、実朝は、ただほほえむだけでした。

時房の許に、沙夜が娘を生んだという知らせが届きます。
初音と名付けたと。
時房に沙羅の思い出がよみがえります。沙夜の生んだ娘を自分がこの腕に抱く日がいつになるかは分からないが、朝時と沙やが幸せであれば、一生会えずとも本望だとも思いました。

泰時に嫁いだ茜はほどなく懐妊し、泰時に待望の男子が産まれました。後の時氏です。
泰時は時氏を抱いた時に、はじめて、何故父が自分を跡継ぎにするために必死になってきたが分かりました。

愛することを知った泰時に、執着という気持ちが生まれたのです。

高明と真玉の間には男の子が二人生まれ、また娘も生まれました。
真玉は幸せでした。高明も真玉が幸せなら幸せでした。

時房の娘達は、それぞれ母になり、平穏な幸せを味わっています。

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「時鏡」 60 旅立ち

朝時の追放は実朝が朝時を逃がすために命じたことでした。
沙夜は、朝時と離れるよりはと、共に行く覚悟をきめました。

朝時と沙夜は朝比奈三郎の手配で船に乗り、鎌倉を逃れ京に上りました。
時房は、沙羅が昔隠れていた西園寺の別邸に二人が暮らせるように密かに手配をしました。二人を守るために朝時の乳弟、沙夜の侍女も着いていきました。

朝時が、実朝の勘気を被り沙夜と共に出奔した。ということで、朝時が髻きったことで、彼は御家人としての立場を失い。義時に勘当された形になりました。

三浦から、家人である胤清が自害したとの知らせがありました。
妹の桔梗が(桂のことで)泰時を恨み、誤って高明に斬りつけ、朝時に成敗された。
自分は妹を止めようとしたが、間に合わなかった。
朝時には、妹を葬るまでこのことを内密にしてほいと頼んだ。
妹を葬ったが、朝時が鎌倉を出奔してしまった。
妹はただ私怨で泰時を襲っただけであり、自分は北条に害なすつもりはないが、三浦家にも面目がたたないので自害するという手紙が残されていました。

これにより、事件は「侍女の逆恨み」となりました。朝時は、義理の姉:桂の侍女が犯人と言えずにいたと美談とされて行きます。

北条家も三浦家も、「侍女のしたこと」として何事もなかったことにしました。

義時は、朝時が鎌倉からいなくなった事に少しの安心を覚え、義村は朝時を失ったことを残念に思っていました。

朝時たちが無事に京で暮らしているとの知らせが実朝に届きました。
実朝は、茜を御所から下がらせ、泰時と茜の婚礼が行われました。

泰時はやっと愛する女性と暮らすことができたのでした。

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「時鏡」 59 別れ

御所での宴。侍女たちが琴や琵琶で、雅やかに宴がはじまりました。
朝時も笛を奏でます。
高明は宴に招かれていましたが、北条家からは誰も招かれていません。
御家人でその場にいるのは、実朝の近侍である和歌に秀でた和田朝盛だけでした。

実朝は普段は酒をたしなむ程度でしたが、その夜は盃を重ねていました。
はりつめた雰囲気の中で、宴は続けられます。

実朝は、朝時に次々に曲を吹かせました。
実朝が敦盛が吹いたといわれる秘曲を命じた時、朝時は笛を置きひれ伏して、その曲は自分は習得しれおりませんと実朝に告げました。
実朝は、その言い訳を不満に思い、自分はその曲を覚えるように命じたはず。
自分の命令に背いた朝時は、鎌倉より追放すると言いました。
朝時は、目に涙を浮かべて実朝に深々と頭を下げ、自分の髻を切りました。
そして一人去って行きました。

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「時鏡」 58 実朝の決断(その2)

実朝の行動は政子・義時を驚かせます。
最初はただ朝時をかばうために御所に匿ったと思っていましたが、義時の行動に釘をさすなど今までの実朝からは考えられないことでした。

政子は、義時が朝時に冷たすぎるので、朝時びいきの実朝がかばっていると義時をたしなめます。政子にとっては実朝の行動はただのわがままでしたが、義時にとっては、実朝が(ただ朝時を罰するなというのならともかく)政治に口出ししたことを危惧していました。

三浦を潰す好機と思っていたこの事件が、北条の結束を弱めることになるかもしれないと。
時房が娘達のためであれば、兄である自分にも逆らうであろう。
逆らわないまでも、時房の心を失うかもしれない。
朝時はもともと父である自分のことよりも、時房・義村を大切にしていると。

そんな中で実朝は御台所への宴を進めていました。

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「時鏡」 57 実朝の決断(その1)

義時は、実朝が朝時を匿ったと聞くと、御所を訪れます。
御所の門を朝比奈三郎が警護し、義時に、実朝様が歌会の準備のため、招かれた方以外はお通しするわけには参りませんと言います。

御所の門前で義時が三郎と押し問答しているところに、泰時が政子の使いとして御所にやって来ます。政子の使いである泰時は御所に入る事ができました。

実朝は泰時に対面します。
泰時は政子からの伝言を伝えようとしますが、実朝はそれを遮って話を進めます。

母上のお言葉は将軍である自分が、御家人の家のことに口出しるのは良くないとの仰せと思うが、朝時は自分の近侍であり、執権殿であっても口出しはさせないと言います。
泰時にそう政子に伝えるように命じました。

そして実朝は泰時に続けます。
叔父上は、他家を排除することばかり考えている。泰時を一番可愛がっていながら、婚礼より三浦に勝つことばかり考えている。
北条の血をひく自分は泰時と茜が一緒になり、二人に子供が生まれるのを望んでいる。
また、朝時は名越(時政)邸でともに育った身。その心根は分かっている。

将軍としては、鎌倉の平安を守りたい。
それ故、泰時には悪いが、義時が朝時に手出しをせぬように、茜を暫く身台所の侍女として御所に置く。
義時が、この件を、ただの夜盗がでたことにせぬかぎり、婚礼は延期させると言います。

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「時鏡」 56 陰謀

義時は、事件の真相を把握していました。
桂の侍女が泰時を恨みに思ってのことだと。
ですが、これをきっかけに三浦を失脚させるチャンスと思っていました。

夜更けに泰時の邸から出てきた高明、朝時が襲われた(朝時は、泰時の衣を着ていた)
酔っていたとはいえ、朝時が相手に逃げられるとは思えない。地面におびただしい血をみても分かるように朝時は相手を斬った。が、相手の顔をみて(三浦)驚いて、逃げられてしまった。

事実はどうであれ、三浦の郎党が泰時と間違えて、高明と朝時の一行を襲い、返り討ちにあった。朝時は、三浦に育てられた恩義があるからと黙っているということにすれば、三浦家の勢力を削ぐことができると。

義時は、朝時が三浦を裏切ることはしないことも分かっていました。
ただ、時房を助けるためであれば、朝時は三浦を裏切るだろうとも。
自分は、すでに息子を失っている。弟を失うことになるのだろうかと義時は思いました。

鎌倉中に不穏な空気がながれます。

「夜更けに、泰時の館から出てきた、高明が刺客に襲われた。朝時がかけつけて、賊を斬ったが、賊が逃げた」という話が伝わってきます。

ですが、朝時と戦って逃げられる相手は鎌倉に何人もいない。
(和田が三浦の息子ぐらいしか無理)
→朝時の返り血をみると相手は死んでいるはず→朝時がだれかをかばっているのか?(朝時がかばう相手は、三浦しかいない)」

「朝時が泰時の衣を借りていた→狙われたのは泰時で、高明は巻き込まれただけ」

「泰時の縁組みを邪魔したい御家人は・・・」

この事件で、伊賀の方の心の中に、泰時と朝時がいなくなれば、政村が跡継ぎになるという思いを強く芽生えさせたのは否めません。
後の伊賀氏事件の遠因にもなります。

泰時は、事件が「物取りの仕業」から「陰謀」になって行くのを危惧していました。
(朝時の態度で、ただの物取りではないことは感じていましたが)
三浦との関係が小康状態を保っている今、あえて、それを壊すのかと父に詰め寄りますが、義時はとりあいません。

明けて、義時は時房邸の朝時を呼び寄せるようにと家臣に命じましたが、泰時は自分が朝時を迎えに行く。(高明の様子も見てくる)と時房邸に向かいます。

泰時が、時房邸に着くと。
朝時が一人で待っていました。「兄上が来るとは思っていなかった。俺はなにも覚えていないとしか言わぬ」と言います。
泰時は実際に何があったかを教えてほしいと言いますが、朝時は、相手の顔はみておりませんとだけ。

二人が邸を出ようとした時、高明と朝比奈三郎が邸にやってきます。
実朝様が御台所への宴を催すため至急朝時に御所に来るようにとのご命令ですと。
実朝からの書状を携えてきました。

義時が知った時には、朝時は朝比奈三郎につきそわれて実朝の御所に匿われていました。

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「時鏡」 55 事件

茜は、亡くなった桂の墓に詣でたいと沙夜に相談しますが、沙夜から、茜が人目にたつのは避けた方がよいから、自分が代わりに行くと言います。

沙夜は侍女の楓と、高房(楓の兄:普段は朝時と仕えている)を供にして、安達家の寺に向かいました。
人目にたたないようにと沙夜一人で、墓に手をあわせいると、桂の墓参りに来た桔梗が、(時房の姫が来ているときき)沙夜を茜と勘違いして、おまえのような女が来るところではないとと、沙夜を打とうとします。
楓と高房が桔梗を取り押さえます。桔梗は、人違いに気が付きますが、北条家の者は皆、他人を人とも思わないと言い捨てて逃げて行きました。
桔梗は安達家に迷惑がかからないように暇をもらいました。

沙夜からこの件をきいた時房は、朝時に伝えます。
茜と泰時の縁組は、北条家への反感から邪魔が入る事があるかもしれない。
政治的なことは、義時と自分がいるから大丈夫だが、桔梗のようにただ主の無念をはらしたいと思う相手は手強い。
娘たちは自分たちの目の届くところにいさせるつもりだが、泰時のことは、それとなく朝時が目を配ってほしい。弟の朝時であれば泰時と一緒でも不審には思われない。

泰時にも茜にも、知らせないようにしておきたいと。

朝時は、佐助邸は今婚礼の支度でいそがしいので、大倉邸に顔を出すと言って、泰時邸に寄るようにしていた。
胤清は、桔梗が姿を消したことをしり、泰時・茜に仇をなそうとしているのではと心配して、探していた。

ある夜、二人が大倉邸で酒盛りをしていると、仕事のことで高明が訪ねて来た。
仕事の話が終わるとそのまま高明も酒を飲んだ。朝時が瓶子を倒し、衣を濡らしてしまった。
朝時は乾くからと言ったが、泰時は、三浦からの衣を出し、朝時はそれに着替えた。
三人は時房の相婿になる。一番年下の朝時が長女の婿で、年上の高明が真玉の婿とだからというような些細なことで笑いあっていた。
めずらしく朝時が酔いつぶれてしまった。
高明が佐助に帰ることにすると言い、泰時が家臣に供をするように伝えた。
高明が大倉邸を出ると、朝時が目を覚まし、高明が先に帰ったと知ると、夜なので自分がついていくと後を追って出て行った。

高明は、彼を泰時と間違えた桔梗に斬りつけられる。(腕に軽い傷を負う)
高明が曲者に襲われていると思った朝時は、相手を一撃で斬り、それが女だと知る。
驚く朝時に、「桔梗」と胤清が駆け寄ってくる。

桔梗は、泰時の館から家臣をしたがえて出てきた(高明)を泰時と思いこんで襲い、駆けつけた朝時に殺された。
妹を探していた胤清は、桔梗が返り討ちにあったところに行き当たった。

朝時と胤清は、幼なじみであり、朝時は何があったのかが分かった。
胤清に、桂の乳妹が、北条の身内を襲ったと分かれば、騒ぎになる。
自分も高明も犯人顔をみなかったから、ここから立ち去れと言います。
朝時は高明に、誰かに斬りつけられたと相手の顔は見ていないと約束させました。

泰時の家臣は邸に急を知らせ、泰時達がやってきます。
朝時は、賊を斬ったが逃げられたと言い、高明の手当があると、二人で佐助に帰ります。
朝時の衣は、返り血で濡れています。泰時は、周囲を捜索させます。

佐助に帰ると、時房に事の次第を告げます。
夜が明ければ、地面の血で相手が逃げ切れないほどの大けがだということがわかります。場合によると、胤清の足跡も。
高明は、襲われて気が動転したで通してくれと。もともとが公家なので、誰も何も言わないはずだ。自分はおそらく、父から取り調べをうけるはずだ。
賊の顔はみていなと言い張るが、調べれば桂の周囲の者の仕業と分かる。
父上は三浦を陥れる好機とばかりに、三浦が兄上を襲おうとしたと言うに違いない。

三浦の伯父上は権謀家だが、今回のことは違う。三浦の伯父上は父に捨てられた俺を育ててくれました。時房叔父上と同じように大事です。
北条のためでも裏切るわけにはいきません。

何をきかれても叔父上は知らないで通してください。そして、沙夜を頼みますと言います。
時房も、兄がこれから何をするであろうかは分かっていました。

高明は、もとより自分は気が動転していたと押し通すが、朝時はとりあえず怪我ということで邸をでないようにした方がよいのではないかと言います。
朝時は、それは三浦をかばっているというようなもの。また、時房にも累が及びかねない。
時房に何かあれば、沙夜達を守ることができない。
自分一人であれば、何とでもする。皆を無事に守ってほしいといいます。

高明は時房に対し、自分が持っている小刀(宗時から伝わった家の宝)を義時に渡すこと(宗時の血筋の証拠を消すこと)で、義時の追求を止められないかと相談しますが、時房の返事は否でした。
義時はその存在を知らない。高明がそれを手放せば、万一の時に高明を守るものがなくなる。義時は、泰時を守るためなら邪魔なものは退ける。
朝時のことを気に掛けたこともない、高明が何を言っても、ムダだと。
高明は、事件が他から伝わる前にと御所に行きます。

一方、朝時は沙夜に自分が執権邸に呼ばれるであろうことを告げます。
必ず沙夜の許に戻ってくるから、それを信じてまっていてくれるようにと。
沙夜がまっていてくれるから、自分はこれからを耐え抜くのだと。
ただ、まっていてくれと。

沙夜は言います。
母上は二度会えぬはずの父上のことをずっと思っていました。
それに引き替え、あなたのお言葉をいただいたこの身であれば、いつまでもお待ちいたします。
それだけ言うのが精一杯でした。

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「時鏡」 54 桂の死

桂が姿をくらましました。
泰時の邸においてあるものをとりに行くと(泰時邸には留守番しかいないように手配させ)三浦の邸から出かけ、泰時邸には行かずに行方不明ということでした。

そして、安達氏の墓所(前夫の墓)で自害した桂が見つかりました。
ずっと前に夫の後を追うはずが今まで生き延びてしまった。亡き夫の墓に共に葬って欲しいと書き置きがありました。
表向きは、病死ということになりますが、婚礼は延期になります。

義村は婚礼前にと烈火のごとく怒りましたが、普段は兄にさからわない胤義は安達の邸を訪れ、景盛に頭を下げ、三浦の仕打ちに怒るのはもっともだが、せめて桂は安達の墓に入れてやってほしいと頼みます。景盛も、胤義には恨みはなく。また、哀れな二人のためにと、桂を夫の隣の葬りました。

泰時は桂の自害にショックをうけ、茜が苦しんでいるのではないかと案じます。
茜は泰時に、自分は心を決めたのだから、泰時に嫁ぐ。桂様はやっと、愛した方と一緒になったのだから、今度は私達が幸せになりましょうと。

桂の死は、胤清にとっても衝撃でした。自分が縁談を承諾せずに、桂が出家するようにしていたら、自害せずにすんだかもしれない。
そんな時、妹:桔梗が密かにやってきて、桂からの手紙を渡します。

自分は自害するつもりである。それは胤清に嫁ぐのを厭ってのことではない。
愛したのはただ一人。家の都合でだまされるように再婚させられた。
夫の自害を知った時、自分も後を追うべきだった。そうすれば、その後の苦しみはなかったかもしれない。
再び、家の都合で離縁させられる。もう疲れた。あの人に会いに行く。もう、終わらせたい。
胤清は桂が哀れでなりませんでした。自分も妻を失った時には、生きていく甲斐のないとすら思った。病死でさえそうなのだから、桂の悲しみはいかばかりだったろうと。

桂は娘のことを頼むと桔梗にも手紙を書いていました。
その手紙には、桂の苦悩が綴られていました。
愛のない結婚だったが、泰時は優しくしてくれた。
だが、子供がうまれず、お互い疎遠になっていった。

ただ、途中から分かってきた泰時にも思う相手がいると、誰かがいると。
三浦の手前側室を迎えないのではなく、側室にしたくないほど思う相手がいると。
それが辛かったと。
桔梗は、せめて泰時に桂の無念をつたえたいと思い詰めていました。

桂の「病死」で婚礼が延期になるはずでしたが、陰陽師が「別れた妻の死」で婚礼を延期しなくても差し障りはないと言ったため、婚礼は行われるという話が伝わってきました。

胤清に義村や北条に対する嫌悪が芽生えてきました。

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「時鏡」 53 縁組

茜が三浦の養女として、泰時の後妻になると、御家人達には内々に伝わりました。

桂の前夫の一族:安達家は、三浦の仕打ちを不快には思いましたが、菊子の縁談も整っている今、事をあらだててもと黙っていた。
政子からは、菊子が娘を生んだら、自分が責任を持って縁談を世話するとの言葉があり、安達家はそれに従った。

泰時の意向は婚礼は内輪ということであったが、義時、義村が北条と三浦の結びつきを固める婚礼であるからにはそれなりの形でと押し切られることになった。

沙夜は、妹の嫁入支度を整えていました政子からも、御台所らかも、日子からも祝いの品が届きます。
二人の婚礼は、幕府にとって明るい話題でした。

泰時は、桂と暮らした邸ではなく。幕府に近い大倉の仮住まいを新居にするためにに手を入れさせました。
すべてが順調のように思えました。

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「時鏡」 52 胤清

胤清は、義村の弟胤義の郎党でした。母が桂の乳母で、胤清、妹:桔梗、桂は兄妹のように育ちました。朝時とも遊びました。

頼家は、側室の息子の後見に三浦氏を選び、頼家亡き後、側室の一人は頼家の息子(出家させましたが)を連れて、胤義の妻になり、仲睦まじく暮らしていました。
(その妻への愛が、後に彼を承久の乱で、後鳥羽院側につかせることにもなるのですが)

胤義は、兄とちがって権力欲はなく、優しい主人でした。
胤義は、兄から桂と胤清との再婚を命じられて、憤ります。
三浦は桂にむごい仕打ちをした。二度の離縁が仕方ないとしても、もうそっとしてやれないのかと。
義村は、お前の妻のように再婚して幸せになった例はあるのだからと言います。
胤義は、妻が頼家の側室だった頃、密かに思いをよせていました。(もともと三浦の縁者で、頼家の側室にならなければ胤義との縁組みがあったかもしれない相手でした)

比企の乱の後、義村は頼家の息子を出家させ、三浦の縁者である彼女を胤義の妻にするという名目で、二人を一緒にしてくれました。義村は何も言いませんでしたが、胤義の気持ちを知っていたのでした。

胤義も、妻を助けてもらった恩義があり、それ以上強くは言えません。
妻を失ったばかりの胤清が承知するかと躊躇すると、義村は、泰時と茜の縁談がまとまる間だけのこと。もし胤清が好いた相手がいるなら、桂と離縁してその娘を迎えるとよいと言い、胤義を怒らせました。

義村から直接、桂のことを言われた胤清は、承知します。
桂のことは子供の頃から知っている。このままでは哀れでなりません。
自分がお役にたてるのであればと。
胤清は、妻を亡くした自分と、愛した前夫を失った桂であれば、静かに暮らしていけるかもしれないと思っていました。

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